2018年に成立した働き方改革関連法から7年が経過した。残業時間に上限が設けられ、一部業種を除き月45時間・年360時間を超える時間外労働が原則として違法となった。それからの期間で何が変わったのか。厚生労働省の『毎月勤労統計調査』と『過労死等防止対策白書』を突き合わせて読むと、表面的なデータと現場の実感のあいだにいくつかのギャップが見えてくる。
数字の上では、確かに減った
厚生労働省の毎月勤労統計調査によれば、一般労働者(パート・アルバイトを除く) の所定外労働時間は、2018年の水準と比較して2023年時点で概ね2割程度減少している。特にコロナ禍の2020〜2021年に大きく減り、その後も完全には戻っていない。数字だけ見れば、改革は一定の成果を上げたことになる。
OECDの『Employment Outlook』で比較すると、日本の年間労働時間は加盟国の平均前後まで下がってきた。長らく「OECDで最も長い労働時間の国」だった時代が続いたことを考えると、これ自体は大きな変化である。労働時間だけで言えば、日本はもう特別に「働きすぎの国」ではない。
それでも過労死認定件数は減っていない
問題は、『過労死等防止対策白書』のデータである。脳・心臓疾患や精神障害による労災認定件数は、働き方改革以降も高止まりしており、むしろ精神障害のほうは増加傾向にある。2024年版白書では、精神障害の労災請求件数が過去最多水準で推移していることが記録されている。
これをどう解釈するか。労働時間は減ったのに、精神的負荷は減っていない——この乖離には、少なくとも三つの説明候補がある。第一に、労働時間が短縮された分、同じ業務量をより短時間で処理する密度の高さが心理的負担を増やしている可能性。第二に、ハラスメント相談の増加。第三に、労災請求の手続き自体が以前よりも認知され、申請障壁が下がった結果として表面化件数が増えた可能性。どの要因がどの程度寄与しているかは、単一のデータセットからは判断できない。
「空気」は変わったのか
日本経済新聞が2023年に掲載した「働き方改革5年検証」連載は、大企業20社超への聞き取りをもとに、制度上の変化と現場感覚のズレを記録したものだ。取材に応じた中間管理職の多くが、「定時退社が増えた」ことと「仕事が終わっている」ことは別だと答えている。表面的には早く帰るが、持ち帰り作業や休日の「確認メール対応」に移動した、という構造的な変化が一定数報告されている。
記事中、労働政策研究・研修機構の研究員が指摘していた点も興味深い。日本の職場における「空気」——つまり、周囲が残業しているのに先に帰りにくい文化——は、法律の改正だけで変えられるものではなく、評価制度や業務配分の設計まで踏み込む必要があるという指摘だ。法律は枠組みを作ったが、枠組みの中で動く人間の習慣を変えるのには、もう一段階の時間がかかる。
リモートワークという変数
2020年以降のリモートワーク普及は、この構造にさらに複雑な層を加えた。内閣府の調査によれば、コロナ禍でリモートワークを経験した企業の一部は制度として継続しており、特にIT・金融・大企業の本社業務ではハイブリッド勤務が定着している。リモートワークは労働時間の可視化を難しくする一方で、通勤時間の減少という明確な利得も生んだ。
一方、中小企業や対面業務中心の業種では、リモートワークの定着は限定的だ。結果として、同じ「日本の会社員」の中に、週の半分を在宅で過ごす層と、2018年以前とほぼ同じ通勤生活を続ける層が共存している。「日本のサラリーマン」を単一のカテゴリーで語ることが、以前より難しくなった。
韓国・ドイツとの比較
労働時間の国際比較を見ると、日本の立ち位置は以前と異なる。OECDデータでは、韓国が依然として長時間労働の代表国として日本の上に位置し、ドイツ・フランスは短時間労働の代表国として下に位置する。日本はその中間に落ち着いてきた。これは2000年代の「欧米=日本=韓国」という三段階構図とは異なる。
もっとも、労働時間の総量と生産性は別の話だ。OECDの労働生産性ランキングで日本は依然としてG7最下位水準にある。労働時間を削っても、時間当たり生産性が上がらなければ、総産出量は減る。働き方改革の次の論点は、この生産性のほうに移っていくと見られている。
編集部の見方
「働き方改革は成功したのか失敗したのか」を二択で語るのは、おそらく正しくない。労働時間という計量的指標では一定の成果があり、精神的負荷や生産性という別の指標ではまだ課題が残っている——というのが誠実な評価だと思う。
本マガジンとして気になっているのは、次の5年で何が論点になるかだ。総労働時間の話題が収束しつつあるいま、次は職場における心理的安全性、キャリア形成の流動性、育児・介護との両立、そして一人あたり生産性——この四つが新しい前線になると見ている。関連して、会社員文化を支えてきた夜の「場」については居酒屋が減っている——「第三の場所」としての日本の酒場でも扱っており、合わせて読むと働く場と人のつながりの変容が立体的に見える。