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食文化

居酒屋が減っている——「第三の場所」としての日本の酒場

駅前の居酒屋チェーンが次々と閉店している。日本フードサービス協会の統計を見ると、居酒屋業態の店舗数と売上はいずれも長期的な縮小傾向にあり、特にコロナ禍以降の戻りが鈍い。これを「若者の酒離れ」で説明する記事は多いが、データを丁寧に見ると、それだけでは説明しきれない現象が重なっている。日本の会社員文化を長く支えてきた「飲みニケーション」の空間は、単に人気を失っているのか、それとも別の何かに置き換わっているのか。

数字の背景

外食産業全体のなかで、居酒屋(パブ・ビアホールを含む) の市場規模は2010年代後半からすでに緩やかな下降に入っていた。そこにコロナ禍が直撃し、2020〜2021年の売上は通常年の半分以下まで落ち込んだ。再開後も完全回復せず、帝国データバンクの飲食業倒産動向レポートでは、居酒屋業態の倒産件数が他のジャンルに比べて高水準で推移している時期が目立つ。

厚生労働省の『国民健康・栄養調査』では、20代・30代の男性における飲酒習慣率は過去20年で大きく減少している。女性の飲酒率は微増しているが、男性の減少幅を埋めるには足りない。つまり、居酒屋ビジネスの主要顧客だった「若い男性サラリーマン」というカテゴリーが、量的に縮小している。

オルデンバーグの「第三の場所」

米国の社会学者レイ・オルデンバーグが1989年に発表した『The Great Good Place』は、家庭(第一の場所)でも職場(第二の場所)でもない、人が自発的に集まる非公式な社交の場を「第三の場所(third place)」と名付けた。オルデンバーグが例に挙げたのは、ウィーンのカフェ、イギリスのパブ、フランスのビストロだった。彼は、第三の場所の衰退がアメリカ社会の孤立化の一因だと論じた。

日本では、居酒屋がこの「第三の場所」の役割を長く担ってきた。ただし欧米の第三の場所と違うのは、日本の居酒屋の多くが職場の延長として機能していた点だ。退社後に同じ会社の同僚と行く「仕事関係の飲み会」は、オルデンバーグの定義する「自発的な社交」とは性格が異なる。厳密には、日本の居酒屋は「第2.5の場所」と呼ぶべきかもしれない。

会社文化の変化

米国の人類学者アン・アリソンが1994年に出版した『Nightwork』は、東京のホステスクラブの民族誌として知られる。対象は居酒屋ではないが、アリソンが描いた1980〜90年代の会社員文化——つまり接待・同伴・夜の交流を通じて業績が作られる世界——は、居酒屋の繁栄と不可分の関係にあった。この会社員文化は、2000年代以降のコンプライアンス強化、ハラスメント意識の変化、そして働き方改革によって大きく変質している。

その結果、居酒屋が担っていた「職場の延長としての社交」という需要は、ほぼ構造的に縮小した。上司が部下を居酒屋に誘うこと自体が、現在では慎重に扱うべき行為になっている。働き方改革以降の労働時間短縮については「働き方改革」から7年——データで見る日本の労働時間でも扱ったが、その裏側で夜の社交空間も連動して縮小している。

家飲み・クラフトビール・バル

減った需要は、完全に消えたわけではなく、別の形に再分配されている。三つの方向が観察できる。ひとつは「家飲み」。コロナ禍で拡大し、その後も定着した習慣である。宅配酒類の売上、家庭用ビールサーバーのレンタル、家飲み向けのつまみのコンビニ・スーパー販売——いずれも継続的に伸びている。

ふたつめは「クラフトビール専門店」や「日本酒専門店」への特化である。客単価は従来の居酒屋より高く、来店頻度は低いが、「酒を楽しむ」こと自体を目的とした空間として、特に都市部の20代・30代に一定の支持を得ている。これは居酒屋の代替というより、酒との関わり方の性格変化を示している。

三つめは「バル」や「ワインバー」などの欧米型の酒場である。カウンター席が中心で、一人利用が違和感なくできる設計。会社単位ではなく個人単位の客を想定している点で、従来の居酒屋とは客層の設計思想が異なる。

地方の居酒屋は別の動きを見せる

ただし、全国一律に居酒屋が減っているわけではない。地方都市、特に人口5〜30万人規模の都市では、昔ながらの個人経営の居酒屋が一定の粘り強さを見せているケースがある。大都市では職場と住居が離れており、居酒屋は職場近くに集中しているため、リモートワークや会社文化の変化に直接影響を受ける。一方、地方では居住地の近所に居酒屋があり、地域のコミュニティ機能を担っている場合が多い。この場合の居酒屋は、より純粋にオルデンバーグ的な「第三の場所」に近い。

もっとも、その地方の居酒屋も、別の圧力を受けている。経営者の高齢化と後継者不足、若年層の都市流出による客層の縮小、それに地域人口全体の減少である。大都市型の居酒屋と地方型の居酒屋は、まったく別の理由で、ともに縮小方向にある。

編集部の見方

居酒屋の減少を、単に食文化の変化として見るか、社会構造の変化の表面症状として見るかで、議論の射程は大きく変わる。本マガジンとしては後者の立場を取りたい。居酒屋が担っていた機能——職場関係の潤滑、世代間の情報交換、地域共同体の維持——のそれぞれが、独立に別の場所に移行しつつあるか、あるいは単純に失われつつある。

家飲みが代替するのは「酒を飲む」行為だけであり、「他人と酒を飲む」場としての機能は代替されていない。この空白が社会全体にどう影響するかは、10年、20年の時間軸でしか見えてこない。オルデンバーグがアメリカについて書いた心配は、日本に時差を置いて到来しているかもしれない——そう読むことは、根拠のある悲観だと思う。