メインコンテンツへ

現代社会

着物を普段着に選ぶ若者が増えているのか——統計と現場の温度差

「若者の間で着物ブーム」——この見出しは、少なくとも過去15年ほど、繰り返し雑誌やテレビのワイドショーに登場してきた。ところが、日本きもの連盟などが発表する着物産業の市場規模データを見ると、全体の売上はほぼ一貫して縮小してきている。同じ現象を指して、一方は「拡大」、もう一方は「縮小」の言葉を使っている。この乖離はなぜ生じているのか。両方とも事実だとしたら、何が起きているのか。

市場規模という指標

まず数字を確認する。日本きもの連盟や矢野経済研究所などが把握する着物市場の規模は、ピークの1980年代前半から現在までに大幅に縮小している。ピーク比で数分の一まで落ち込んでいるという推計もある。最も大きな減少は、新品の呉服(正絹の高価格帯着物)の販売である。婚礼衣装、成人式の振袖、留袖・訪問着——これらのフォーマル需要が、結婚観と儀礼観の変化、そして価格の高さから継続的に減ってきた。

この縮小を支えてきたのが呉服店の経営悪化と廃業だ。全国の呉服専門店数は、1990年代から2020年代にかけて半減した地域もある。京都伝統産業ミュージアムの資料が記録しているように、呉服に関連する伝統工芸——西陣織、京友禅、博多織など——の職人数も、多くのカテゴリーで減少を続けている。

「ブーム」が指しているもの

一方で、確かに増えている領域がある。主にこの三つである。第一に、観光地でのレンタル着物。京都、浅草、金沢などで、若年層や外国人観光客が数千円で半日着物を借りて街歩きをする市場は、2010年代以降大きく成長した。第二に、メルカリやヤフオクなどで流通する中古着物。メルカリの公開レポートによれば、着物カテゴリーの取引数は継続的に伸びている。第三に、普段着としての着物、あるいは「着物コーデ」を楽しむ層の SNS 可視化である。

これらの領域は、伝統的な呉服市場とはほぼ別のマーケットを形成している。価格帯が桁違いに安く、顧客層が重ならず、流通経路も異なる。「着物ブーム」を語るメディアが取り上げているのは、このうち第三のカテゴリー——ビジュアル的に魅力的で、SNS で共有されやすい「普段着着物」層——であることが多い。

シーラ・クリフの民族誌的観察

ロンドン在住の日本文化研究者シーラ・クリフが2017年に出版した『The Social Life of Kimono』は、現代日本の着物文化を、歴史・産業・ファッションの三つの視点から総合的に記述した著作である。クリフは長年東京で着物を日常的に着て暮らしており、同書は学術研究であると同時に参与観察の記録でもある。

クリフの観察で興味深いのは、「普段着着物」を選ぶ層が、必ずしも伝統主義的な動機で着ているわけではないという指摘だ。多くがモードとして、個性の表現として、あるいはサブカルチャー的なアイデンティティとして着物を選んでいる。この層にとって、正絹の高級品である必要はなく、ポリエステル製の洗える着物でも、古着でも、「着物コーデ」の一部として成立する。伝統産業を支える需要には、ほとんどつながらない。

雑誌『七緒』が描いた層

プレジデント社が発行する季刊誌『七緒』は、2004年の創刊以来、この「普段着としての着物」を主軸に扱ってきた。同誌のバックナンバーを通覧すると、現代着物層の読者像が浮かび上がる。30〜50代の女性が中心で、着物を週に一度から月に数度着用し、SNS で着姿を共有し、中古市場で着物を買い、自分で着付けをする。

この層は数としては決して大きくない。日本きもの連盟の推計でも、現代着物愛好家は人口比で数%程度に留まる。ただし、この層の可視性——つまり SNS や雑誌を通じた露出——は、絶対数に比して高い。結果として、メディア表象は「拡大」を、市場統計は「縮小」を示すという二重構造が生じる。

海外との接続

もう一つ、この状況を複雑にしている要素がある。欧米のファッション業界における「kimono」の取り入れである。デザイナーがコレクションで着物風のドレープを使い、ZARAや Uniqlo が「kimono jacket」と称するアイテムを発売する動きは、2010年代以降継続している。これは着物産業そのものへの需要ではなく、着物の美的要素の抽象化・断片化による別市場の形成だ。京都の呉服店の売上に直接は貢献しない。

日本側からは、この動きを「盗用だ」と批判する声と、「伝統産業の国際宣伝になるから歓迎」と受け入れる声の両方がある。京都の一部の織元が、欧米ブランドと正式にコラボレーションして素材を提供する例も出ており、単純な二項対立ではない。ただし、いずれの場合も、得をしているのは欧米ブランドのマーケティング予算であり、国内の職人の工賃ではない——という指摘は、冷静な業界関係者が繰り返し述べているところである。

編集部の見方

「着物ブーム」と「着物産業の縮小」は、実は同じ現象の別の側面を指している。着物は、フォーマル衣装としてのカテゴリーからは退場しつつあり、ファッション・アイテムとしてのカテゴリーには再参入しつつある。この移行期において、伝統産業の基盤は弱体化し続け、一方で新しい楽しみ方は多様化している。どちらも事実で、どちらも重要である。

この変化を悲観的に見るか楽観的に見るかは、何を守りたいかに依存する。西陣織の織元と、メルカリで古着の銘仙を楽しむ若者は、どちらも「着物文化」に関わっているが、両者の利害は必ずしも一致しない。着物の国際的流通パターンについては、浮世絵をめぐる 浮世絵はどうやって「アート」になったか——庶民の娯楽から美術史へ と並列して読むと、日本文化アイテムが複数のカテゴリーに分岐する構造が、より鮮明に見えてくる。