メインコンテンツへ

伝統と歴史

祭りは地域をつなぐ装置か、観光資源か——過疎化時代の民俗行事

毎年9月の第3週末、大阪府岸和田市では34台のだんじりが市内を猛スピードで駆け抜ける。見学者は延べ60万人を超え、市内の宿は半年前から埋まる。同じ年の同じ週末、秋田県の中山間地のある集落では、本来なら奉納する神楽が、踊り手が確保できずに中止になっている。どちらも「日本の祭り」だ。なぜ同じ国の、同じ年の同じ時期に、これほど対照的な光景が両立しているのか。

担い手不足はどこまで広がっているか

文化庁が実施している祭り・行事関連の調査では、全国の伝統行事のうち相当数が過去10年のうちに何らかの縮小——参加者減・規模縮小・隔年化・完全中止——を経験している。朝日新聞が2024年に連載した「消える祭り」は、こうした縮小の具体的な姿を47の事例で追ったルポだった。人口減少と高齢化を背景に、担い手の確保、祭具の維持、資金調達のいずれも難しくなっている中山間地と漁村の実態が報告されている。

この縮小の傾向は、データの上では明確だ。にもかかわらず、逆の方向に動いている祭りも存在する。しかも相当数ある。この対照は偶然ではなく、祭りがどう現代社会に接続されているかの違いから生じている。

岸和田と博多の場合

岸和田だんじり祭は、江戸時代中期に原型が成立したとされる。現代のだんじり祭を特徴づけているのは、町会単位の組織の強度である。各町会が独自の青年団を維持し、代々受け継がれた曳き手の役割が、小学生の「子供会」段階から明確に組み込まれている。つまり祭りが、地域の人間関係を維持する装置としても機能している。

博多祇園山笠は、博多祇園山笠振興会の記録によれば参加者を戦後ほぼ一貫して保持してきた。ここでも鍵は地域の組織構造である。「流(ながれ)」と呼ばれる7つの単位が独立性を持ち、それぞれが人事・予算・祭事運営を自律的に決める。観光客のための祭りではなく、「博多の男衆」のアイデンティティを確認する場としての祭り——この自己認識がある限り、担い手は内部から再生産される。

両者に共通するのは、祭りが観光資源「にもなっている」が、観光資源「として設計された」わけではないという点だ。核にあるのは地域の内向きの機能であり、外からの見物客は結果として集まっているに過ぎない。

消えつつある祭りの構造

対照的に、消失リスクの高い祭りには、いくつか共通するパターンがある。人口の少ない集落で、担い手が特定の家系に限定されており、外部からの参加を受け入れる文化的ハードルが高い——この条件が揃うと、一世代の人口減少で祭り自体が止まってしまう。秋田や島根の山間部に見られる神楽や獅子舞の中止事例は、多くがこの型に当てはまる。

米国の人類学者スコット・シュネルが1999年に出版した『The Rousing Drum』は、岐阜県古川町の「古川祭」に長年密着したフィールドワークをもとに、祭りが地域の階層構造や世代間関係をどう媒介するかを記述した研究として知られる。シュネルの観察によれば、祭りは「伝統を保存する」ためではなく、「地域の現在を確認する」ために毎年繰り返される実践だった。地域の現在そのものが変質すれば、祭りも変質するか、消える。

出身者と観光客の再投入

一方、完全な消失を免れている事例も増えている。そこで多く採用されているのは、出身者の再招集と観光の戦略的活用だ。過疎化で地元の担い手が不足した場合、都市に出た出身者が祭りの数日間だけ帰省して参加する「出稼ぎ型」運営が広がっている。SNSで情報が共有されることで、これは以前より組織しやすくなった。

もっとも、この方式にも限界はある。祭りの準備期間や日常的な祭具の手入れは、地元居住者がいないと回らない。行政や地域振興協議会が予算補助や支援を提供するケースも増えているが、「お金で維持する祭り」には、地域の自発性から来る質感とは別の性格が生まれる。ある研究者の言い方を借りれば、それは「祭り」というより「地域行事イベント」に近い存在に変質していく。

編集部の見方

「祭りを守る」という言い方には、実は二つのまったく違う意味が混在している。ひとつは祭りの「形」——特定の演目、特定の祭具、特定の日付——を保存すること。もうひとつは祭りが果たしていた「機能」——地域内の結束を更新する、世代をつなぐ、自分たちが何者であるかを確認する——を維持することだ。この二つは必ずしも同じではない。形を残しても機能が失われた祭りもあれば、形を変えながら機能を維持している祭りもある。

本マガジンとしては、消えていく祭りを単に「惜しい」と眺めるのではなく、祭りが担ってきた機能が他のどの社会的装置に移行しているか——あるいは、移行せずに単に空白になっているか——を追うほうが、現代日本社会の輪郭を理解するうえで意味があると考えている。関連して、人口が減り続ける集落でも祭りが残る理由については高齢化率40%超の集落で祭りが続いている理由——「消滅」より「再編」で、より具体的な事例を扱っている。